アイマイモコ通信

どこかにいる友達に向けて書いてます

5月の12冊

こんにちは、アイマ イモコです。

 

リニューアルしてからの記事を読み返してみたら、ほとんど仕事の愚痴しか書いていなくて、我ながら少々情けない気持ちになったが、これが正直なところなのだから仕方がない。

なんとか生活リズムを守るように注意をしてやってきたが、6月に入って、いよいよ本格的に体調を崩した。

だるい。

そもそも、病後の体のデリケートさと、自分の社会適応性の低さというものを完全になめきっていたのが悪いのであって、これぞ全くの自己責任、自業自得というものである。

しかし、そのような自己認識さえ持ち合わせていないという、自分のバカさ加減が分かっただけでも、転職したことは間違いではなかったと思う。

 

いつかも書いたとおり、現実の生活がうまくいっていない時に限って、読書が進むものだ。

5月は12冊の良書を読んで、おおいに心の養分を得ることができた。

自分が読書に求めているものの中で最も大きなウェイトを占めるものは、現実逃避なのだと思う。

どれだけクサっていても、本を開けば、自分のちっぽけな生活とは何の関係もない世界が広がっているのであり、一時的に悩みがどうでもよくなったり、気分がスッキリしたりする。

今までの人生で、幾度書物の世界にひたることによって救われてきたかわからない。もっとも、書物の世界に逃げ込んで現実逃避ばかりしていたから、いつまでたっても現実の人生がパッとしないのかも知れないが。

 

一昨年大病をしたときも、仕事に行かなくていいのを幸いとばかりに、毎日本ばかり読んでいた。

もともとあまり人と交流しなくても平気な方ではあったのだが、2年間も社会と断絶していると、さすがにこたえた。 書物から受け取ったものを自分一人の中で消化することに疲れを感じた。自分が感じた物事を、誰かと共有したいという思いが、久しぶりに芽生えた。30歳という年齢のせいでもあったかも知れない。

 

そういうわけで、今こんな愚にもつかないブログを書いている。 まあ、誰も読んでいないんだろうけど、たまたまあなたの目に、何冊かの本のことが目に留まったら、ちょっと嬉しい。そんな気持ちで、毎月一冊一冊を思い返しながら書いている…んだけど、

しんどい。

ここ最近ちゃんと睡眠がとれていないせいか、ほとんどまともに頭が働かない。そんな脳力が落ちている時に、12冊の本の感想を書くのは、非常にしんどい。

今までは生活が安定していたから、まとまった文章を書くのにそんなに疲れなかったのだけれど、少し不調なだけで、すぐ思考はまとまらなくなり、文章の道筋はあちらこちらへ飛んでしまう。 一市民の趣味のブログでさえ、書き上げるのに四苦八苦するというのに、文章を世に問うて己の生業としている人たちは、日々いかなる苦闘を己の内で繰り広げていることであろうか。作家というのは、よほど強靭な精神力と思考力を持ち合わせていないとできない仕事だろうと思う。

 

 

話がそれたが、上述したように、気合の入った感想を書き上げる頭を取り戻すには、しばらく時間を要することになりそうだ。

私のくだくだしい感想などなくたって、名著は名著なのだから、一言二言添えてとにかく読んだ本を紹介しようと思う。

何のために描いているブログだよ、と、己にあきれ返るが、考え方を変えれば、自分は書物を通して人と交流したいのであって、曖昧に添えられた一文を読んで、「これは一体どんな本なんだ?」と疑問を持つ人がいてくれたらしめたものである。 紹介した本について、詳しいことが知りたい人は、twitterDMなど送ってください。

毎度ながら前置きが長くなったが、以下、5月の12冊です。

 

    『気まぐれ美術館』 洲之内徹 著 新潮社

友人に連れて行ってもらった古書店の店主さんに勧められた一冊。余談だが、私は人から勧められるとかいった受動的な出会いをけっこう大事にしている。自分の選択したものばかり見ていると、思考が凝り固まりそうな気がするからである。

画廊で働いていた作家が、自らの記憶を振り返りながら、忘れられない絵画やこれまでに出会った画家の姿を描き出す。自らの人生と固く結びついた絵画を語る作家の口調は親密であるが、その親密さの裏側に、彼の抱えるすさんだ孤独が見え隠れする。その孤独と引き合うのか、彼が振り返る画家は、不遇であったり夭逝であったりするものが多い。 偉大な才能の傍らには、これまた莫大なさびしさやふしあわせが付き添っているものである。彼の文章からは、そのような陰陽を抱えた画家たちの姿が、「物語」として立ち上がってくる。

 

 

    『江口榛一私抄 地の塩の人』 吉田暁生著 新潮社

本好きの友人から拝借した一冊。詩人・江口榛一の生涯を、共に出版社で働いていた後輩の目線から描く。江口は詩人としての顔の他に、社会運動家としても精力的に活動しており、「地の塩の箱」と呼ばれる社会運動を行っていた。これは、駅など公共の場に、「地の塩の箱」という、一種の郵便ポストのような箱を設置して、寄付をしたい人はその中に金を入れ、金が必要な人はその中から取り出す、というものである。なんだかアバウトすぎて、突っ込みどころの多い運動だが、江口はこの運動が貧困に沈む人々を救うと信じて、全国に箱を設置する。描かれている江口の人物像は、万事において情熱優先型であり、計画性というものをみじんも感じさせない。この運動も結局のところは資金難により挫折し、江口の一家も破滅するのだが、嘆息した後にふと思う。彼のように拙攻な方法であれ、とにかく善きことをしようと行動するのと、何もしないのとでは、どちらの方がましなのであろう、と。

 

    漱石全集を買った日 古書店主とお客さんによる古本入門』 山本善行清水裕也 夏葉社

上述の古本屋の店主、というのが、何を隠そう(?)本書の主人公の一人、山本善行さんである。本書は、京都の古書店・善行堂の店主である山本さんと、そのお客で熱心な古本愛好家の「ゆずぽん」こと清水裕也さんの、古書愛に溢れる対談を一冊の本にまとめたものである。この本の圧巻は、なんといっても、冒頭の清水さんの本棚の写真である。このまま古本屋が開けそうなくらい、良書が並んでいる。なんでも、清水さんはもともと本を読むほうではなかったが、ふとした思い付きから読書に目覚め、数年で古本のプロも唸るほどの愛書家になったというのだから、人生の鍵はどこに転がっているかわからないものである。筋金入りの愛書家の二人の口からは、書物を愛する者にとっては手に取ってみたいと思わざるを得ない本や、明日にでも行ってみたいとうずうずするような本屋の名前がぽんぽん飛び出す。私は、人生のもっとも大きな幸福の中の一つに、志を同じくする友と出会えることというものがあると思っている。古書愛好家の人々は、静かな情熱家、といった印象の人が多い。私自身はどちらかというと、蒐集という行為にあまり関心がないのであるが、それでも、読了後は本好きの友達と熱い会話で盛り上がった後のような、高揚感を感じた。

 

    魔術的リアリズム メランコリーの芸術』 種村季弘著 ちくま学芸文庫

一般的に「新即物主義(ノイエ・ザハリヒカイト)」と呼ばれる、20世紀前半のドイツを中心に広がった芸術潮流について、具体的な作家論を中心に解説した一冊。「即仏主義」という名のとおり、描かれているものは特段の説明がなくとも明らかだし、一見何の変哲もない風景画や人物画にも見える。しかし、紹介されている絵画をよく見ていると、画面全体から言い知れぬ不安感が漂ってくるのを認めずにはおれない。その原因は、本文中で明らかにされるように、画中の人物・物質の相互関係が阻害されていることによる断絶感であり、また、対象物内に潜む醜さや暴力性を覆い隠さず写生してしまう「即物性」によるものである。ノイエ・ザハリヒカイトは、第一次世界大戦敗戦後のドイツで、大恐慌による経済の崩壊、ナチスの台頭などの社会背景をもとに花開いた芸術である。画家たちが描き出そうとしたのは、ドイツ帝国の金メッキが剥がれ落ちて、ボロボロの素肌を表出した、生のドイツの姿だったのかも知れない。

 

    『怠惰の美徳』 梅崎春生著 中公文庫

②の登場人物の一人である、梅崎春生によるエッセイ集。冒頭に収録されている詩、「三十二歳」にいきなり心をぶち抜かれる。何も成し遂げず、宙ぶらりんのまま中年の入り口に差し掛かってしまったすべての32歳は、読んで一回気絶してほしい。本書で再三描かれている梅崎の日常生活の様子を読んでいると、日がなぐうたらしていて羨ましく感じるかもしれないが、本人は体力がなさ過ぎてぐうたらせざるを得ないのであり、それはそれでなかなかしんどそうだとも思う。しかし、仕方なしの怠惰が功を奏して、彼は特異な観察眼と想像力を得たのだとも言える(彼の脅威の観察力を味わいたければ、本書中の「猫と蟻と犬」を読むべし)。ぐうたらを創作に生かす秘訣は、「只今横臥中」に描かれているので、文学志望者と、有意義なぐうたらライフを送りたい人は、一読してみてほしい。

 

    『鞄に入れた本の話』 酒井忠康著 みすず書房

長年学芸員として美術館に勤務してきた著者が、通勤鞄の中に入れて常に持ち歩いたという美術書の数々を紹介した一冊。といっても、ただのブックガイドではない。美術書を通じて、交流のあった画家や批評家たちを振り返った、極上の美術エッセイでもあるのだ。これは今月読んだ本の大半に当てはまることなのだが、客観的な事実のみでなく、個人のストーリーを交えて語られた記述は、読者の心にも残りやすいし、関心を呼び起こす力も強いのではないかと考える。本書も、紹介されている本の著者や、取り上げられている芸術家への愛情に満ちていて、知らない作家が書いたものや、難しそうな本でも、つい手に取ってみたくなるような魅力が伝わってくる。個人的に、彼の文章や、絵画の好みに惹かれるものを感じたので、この人の著作をもっと読んでみたいと感じる一冊でもあった。

 

    『イメージを読む 〈美術史入門〉』 若桑みどり著 ちくま学芸文庫

ちくま学芸文庫には、美術関連の書物が豊富にそろっていて、独学者にはありがたい。本書は、西洋美術史界の大家が、美術史という学問に初めて触れる学生を相手に行った、「絵を読む」ための講義録である。 絵を見て、「きれいだなー」とか、「わけわからんなー」などと思うだけでも、私は立派に芸術を楽しんでいることになると思うが、いざ「美術史を勉強する」となると、言語の存在しない世界に言語でもって解釈をしなければならないわけで、「美術史」「芸術学」ということばからは想像もできないような分野にまで、広範な知識を備える必要がある。そこが、芸術学の面白い所でもあるのだが。本書では、ミケランジェロシスティーナ礼拝堂天井画、レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」、デューラーの「メランコリア」、ジョルジョーネの「テンペスタ」という4枚の絵画が取り上げられているのだが、これらを読み解くために、著者は世界史、キリスト教史はもちろんのこと、天文学ジェンダー学、科学史など、実に様々な知の引き出しから、絵を読む手掛かりを探し出してくる。特に、彼女が広範な知識から導き出される手掛かりをもとに、通説をひっくり返すような仮説を立てる箇所を読むと、推理小説を読んだ時のような爽快な知的興奮が得られる。 どうでもよい話だが、文化愛好家コミュニティの中でも、音楽→映画→本→絵画の順に話題が合う人が少ないような気がして、絵画ファンとしてはやや寂しい思いもしている。みなさん、手始めに本書を手に取って、美術史やってみませんか?楽しいですよ。 ただし、巻末の文献案内を読むと、本気でやろうとすると相当厳しい学問だとも感じる。まあ、どの学問でもそうかも知れないが。

 

    『板極道』 棟方志功著 中公文庫

日本を代表する芸術家、版画家・棟方志功の自伝的エッセイ集。 毎度脱線するが、私が子供の頃、志功の半生をスペシャルドラマ化したものをテレビでやっていた。内容や、誰が志功を演じていたかはさっぱり忘れてしまったのだが、黒縁眼鏡をかけた、髪の毛くしゃくしゃのおじさんが、「わだば、わだば日本のゴッホになるぅ~!」と泣き叫んでいた姿は、かなりのインパクトがあったので、いまだに心の中に残っている。

情熱に泣きむせていた志功青年は、その後有言実行、日本のゴッホ…かどうかはわからないが(個人的には、日本のゴッホ長谷川利行だと思っている)、世界的な芸術家となった。棟方の文章からは、底抜けの善意と、純粋な情熱を感じる。彼の眼は、画壇だの、自分の成功だの、そんなみみっちいものにとらわれてはいない。彼がただひたすらに見つめるものは、芸術の道と、周囲の世界に満ちる仏性である。幸運、美しい景色、出会う人々、周囲のあらゆるものに、彼は仏を見出している。彼の信仰のあり方は、正式の仏教とは違った、多分にアニミズム的な要素の強いものだが、仏の常在を信じる彼の目に映る世界は、幸福感にあふれている。 いつか見た、志功の十大弟子図を思いだす。やせ細り、厳しい表情で描かれることの多い釈迦の十大弟子の姿は、彼の絵画の中では、女のように優雅で優しい姿をしていた。

 

    『早世の天才画家 日本近代洋画の十二人』 酒井忠康著 中公新書

⑥の著者、酒井忠康氏による、明治時代~昭和初期にかけて活躍した、日本近代洋画界をけん引した画家12人の姿を描いた一冊。本書で取り上げられた12人の画家に共通している事項は、彼らが20代~40代半ばで世を去った、早世の画家たちだということである。文化史を見るにつれ、優れた芸術家というものは、短命か、極めて長命かどちらかだなーと感じる(もちろん、平均的な寿命の偉大な芸術家もたくさんいる)。本書で言及されている通り、日本洋画壇の中心人物の短命というのは特徴的なのであって、これは、芸術家にとって明治~昭和の近代日本社会がいかに厳しかったかを暗に示唆するものでもあるだろう。しかしながら、短い人生の中で、彼らが残した作品は、絵画史を塗り替えるほどの力を持った、傑作ぞろいである。関根正二という画家など、若干20歳でその生涯を終えているのだが、彼の描いた「信仰の悲しみ」は、間違いなく日本近代絵画の代表作なのであって、この絵に秘められた謎は、いつまでも美術史家たちの関心を集めて、離すことがない。早世の画家たちの描いた画面には、彼らの短い、不遇な、しかし、燃えるような生の実感に満ちた時間がぎゅっと凝縮されている。

あ、ちなみに、今年1123日~2020119日にかけて、関根正二の生誕120年・没後100年記念展覧会が三重県立美術館にて開催されるようなので、三重県民のみなさんはぜひ足を運んでみてください。圧倒されると思います。

 

    『黒いピエロ』 ロジェ・グルニエ/ 山田稔訳 みすず書房

本好きの友人から半ば強引に借りた一冊。年下の人に圧力をかけて物を借りるなどという、品性にもとる行為を平気で仕出かすところにイモコのダメさが集約されているが、快く大切な本を貸してくれたYちゃんには、感謝の気持ちしかない。同好の友を持つということは、本当に幸せなことである。Yちゃん、いつもありがとう。

さて、本書はフランスの小説家が、自らの少年時代の思い出を踏まえ、一人の中産階級の少年が、故郷の町で過ごした5歳頃~30代半ばまでの半生を描いた中編小説である。彼は、近所の金持ちの少年たちの友だちグループに属しているが、常に彼らより自分が一段下の生活を送っているように感じ、劣等感に悩まされている。同じように恵まれない境遇の少女に恋をしても、彼女も彼の友人の金持ちの息子のもとへ走ってしまう。その後、捨てられた少女の後釜に収まった、美少女への思慕も、当然ながら報われない。金持ちの息子は、自堕落で愚かな生活を送り、思想問題により警察に追われる身にまでなるが、親の援助により、逃げ延びて安楽な生活を続ける。主人公の少年は、地元にとどまり、不幸の沼から抜け出せないまま、気が付いたら中年になっている。

30代というのは、いったん自分のこれまでの人生を振り返り、総括ができる年代なのだろうと思う。振り返った時に、「自分のこれまでの人生は、何もかもが間違いだったし、無駄だった」と思って愕然とするのは、これだけ多くの文学作品になっているのだから、普遍的な感覚なのだろう。今をいきるみなさんが、ふと何かの拍子に自分の人生を振り返った時に、失敗だったと苦い涙にむせぶようなことがあっても、それは、あなたの人生が一個の文学だったというだけの話である。そして、食糧にことかかず、医療も発達した世界に住むわたしたちには、まだ未来が残されているのだ。

 

書いてみたら書けるもので、なんとか10冊は感想を書くことができた。残りの2冊は簡単に、書名だけあげておく。

    『働くために大切なこと 就労不安定にならないために』品川裕香著 ちくまプリマ―文庫

    『芸術学を学ぶ人のために』太田喬男編 世界思想社

 

不思議なもので、これを書きだすまでほとんどまともな思考ができなかった頭が、ともかくも何か書き始めると、言葉を構成しようとしだすものである。

自分の考えを誰かに伝えようとすることは、苦しいけれど、やはり楽しい。

ただ、出口治明先生も、読んだらすぐにアウトプットすべしと書かれているし、1ヶ月もためこまずに、もっとこまめに感想を書いて行った方がいいのかなーとも思っている。

最近は他にネタもないしね。

いつも心に啄木を

職場を変わって2か月半が過ぎた。相変わらず仕事ができない。

事項Aを部署「い」の人に口頭で伝えてから部署「ろ」向けにメモを書くだとか、顧客の要望は部署「は」の人に最優先で伝えなければならないだとかいう決まりごとが、どうしても頭の中に定着しない。

思い起こせば、小学生の頃から公共ルールというものに弱く、百人一首は全部覚えられても、今週は何班が掃除当番で何班が給食当番でということが一向に覚えられなかった。

こういった具合だから、どこへ行っても「やる気がない」とか、「仕事から逃げている」などと言われて嫌われる。今の職場に移ってからも、既に部署「い」の人たちとはほとんど口をきかなくなった。まだ2か月しか経っていないというのに。

余計な気疲れを背負い込んで、重い心身を引きずるように、毎晩安アパートに逃げ帰る。

 

「はたらけど

  はたらけど猶わが生活楽にならざり

  ぢつと手を見る」

 

現代の日本に暮らしていて、この短歌に共感の涙を流す人は多いのではないだろうか。

私も万感と共に日々啄木の短歌を思い返す一人であるが、しかし、決して啄木の言う意味で生活が苦しいというわけではない。

というのも、派手な生活故に生涯借金地獄に沈んでいた啄木とは違い、自分の生活にはほとんど収入の矩を超える金銭というものを必要としないからである。

毎日同じような白飯と野菜の卵とじを食べていても全く飽きないし、着るものも、十年ほど前に買った襤褸を平気で着こんでいる。酒は飲まない。化粧をしていそいそと会いに行くような男友だちもいない。暇さえあれば、寝転がって、図書館で借りた本を読んでいる。

斯様な生活態度を続けていれば、よしんば働かなくとも当分の間暮らしが楽にならざる事態は免れそうである。むしろ、働いているから暮らしが楽でないのではないかとすら思う。

だからといって、会社を辞めてしまえば、健康保険も税金も、全て自分で手続きして払わなくてはならなくなる。考えるだけで面倒くさくて寝込みたくなる。おとなしく会社員をやっていた方が、総合的に考えると楽そうである。

だいいち、私は決して労働そのものが嫌なわけではない。無能で非力な人間なりに、社会の円環に加わり、他人の役に立つことがしたいという志は持ち合わせているつもりだ。

 

 「こころよく

  我にはたらく仕事あれ

  それを仕遂げて死なむと思ふ」

まさにこの歌の歌うところの意気込みで、若し一生をかけるに値する仕事というものがあるならば、私は喜んでそれに生涯を捧げるつもりでいる。

ただし、私のような極度の不器用ともなると、その手段は著しく限定されてしまうのである。

当然ながら、手先を使うような仕事に従事しても、役に立つどころか周囲に迷惑をかけるばかりだろう。病後の体では、体力勝負の仕事も難しい(病気になる以前から、体力には全く自信がなかったのであるが)。一か月に一度はどこかに車をぶつけるほどの運転音痴ゆえに、運送・配達業などもってのほか。コンピューター関連では、前職で始末書の山を作っている。おまけに今回接客業でもほとんど使い物にならないことが判明した。

こうなると、他にできそうな職業を探す方が難しい。

昔、福澤徹三だったかの本に、「向いている仕事がないのではなく、あなたが仕事に向いていないのである」という一節があったが、まさにその通りなのであって、労働一般というものに適性がないような気がしないでもない。そうかといって、働ける健康な心身がある以上、働かずにいるのも勿体ない。

そんな感じで、思考は堂々巡りするばかり。答えは出ずとも、夜が明ければ朝がやって来る。朝が来れば、仕事に行かなければならない。嫌ならさぼって寝ていればいいのだが、根が真面目、というよりは小市民的小心者であるため、きちんと時間通りに会社に行く。そうして、一日中人に頭を下げている。

 

 「一度でも我に頭を下げさせし

  人みな死ねと

  いのりてしこと」

 

こういったどす黒い想いは理解できないこともないが、自分の身に置き換えて考えると、必ずしも気軽に首肯できるものではない。

自分は特別に不手際が多いせいで、いままで「敬礼のお辞儀」をして謝らなければならなかった相手は数知れない。仮にその相手がみな一息に死んでしまったとすれば、三重県民の相当数が一度に消滅することになる。ただでさえ過疎化にあえぐ三重県にとっては、多大な損失である。人口が減少すれば、税金収入も減少し、自治体の運営が困難になる。結果、インフラの劣化が進む。水道水は出たり出なかったり、道路は荒れ放題で野外はゴミの山、という惨状になりかねない。

生きる力の脆弱な自分にとっては、インフラの破綻は致命的なのであって、なんとしても防ぎたい事態である。県民の皆さんには、できるだけ健康で長生きして、税金を払い続けてもらわなければ困る。

人を呪わば穴二つ。過激な思いに身を焼くよりも、無能にふさわしくへこへこしている方が穏当である。

そもそも、叱られるのも馬鹿にされるのも、自分が仕事ができないのが悪いのであって、こちらがわに人様を恨む道理は何もない。自分がムッとする前には、相手はその倍の怒りを抱えていることは容易に予想できる。

 

 「怒るとき 

  かならずひとつ鉢を割り

  九百九十九割りて死なまし」

 

このようなことをしてみたら、私の同僚は全員一週間も経たないうちに死んでしまうのではないかと思う。やはり、叱られる側の方が気が楽なのかも知れない。

 

懊悩する自分を心配して、友人が食事に誘ってくれる。食事をしながら、いろいろと励ましの言葉をかけてくれる。

曰く、せっかく正社員で就職できたものを、みすみす2か月弱でふいにしてしまうのは勿体ない。 給料をもらって苦手なことを修行させてもらっているのだから、ありがたく思え。 仕事において、「できない」ということは許されない。「しなければならない」のである。君は甘ったれているのではないか。

いちいちごもっともで、こちらとしては、うんうんと頷くしかない。しかし、わかっていても、できないものはできないのである。その感覚が何故わからないのだろうと思って相手のことを改めて考えてみると、彼は大企業で中堅としてプロジェクトを引っ張っているバリバリのビジネスマンである。生き馬の目を抜くビジネスの世界の中で、彼がいかに努力をして自分を常に浮上させ続けてきたかは、想像に難くない。

彼に限らず、周りを見渡してみれば、同世代の知人のほとんどはそれぞれのフィールドで立ち位置を確立させ、社会における地位というものを築き始めている様子である。そして、女性諸氏は、結婚して子育てをしている人が多くなってきた。 何も成し遂げず、何も生みださず、ふらふらと漂うように日常を送っているのは、自分くらいのものである。

 

 「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ

  花を買ひ来て

  妻としたしむ」

 

花を買ってはみたものの、したしむべき伴侶さえ私にはいない。

仕方がないので、今日も寝っ転がって啄木を読んでいる。啄木の歌を読んでいると、ダメな自分を相対化できて、少し気が楽になる。自分の愚かさは、そう特別な事例でもないような気がしてくる。人間だれしも心の中におおいなる愚かさとか怠惰だとかを飼っていて、それを何とか手懐けながら、世の中を綱渡りしているのだと思えてくる。渋民村の神童だった啄木の傲慢、不遜、自己嫌悪、自己憐憫が、自分もこのくだらない感情のとりこである人間の一員なのだということを自覚させてくれて、かえって安らぎにも似た気持ちが、疲れた胸の内に戻って来るようである。

ここでふと私は、啄木の人生というものに思いを馳せてみた。

中学校時代から詩や短歌を書き始め、当時から卓越した才能を与謝野鉄幹に見出される。19歳で結婚し、家族を抱えて各地で代用教員や新聞社の職員に従事しながら、詩や、小説、評論を発表。20歳の時に発表した処女詩集『あこがれ』は、文壇で評判を呼び、天才詩人の登場と騒がれた。24歳時には、その年に起きた大逆事件への政府の処遇に憤慨し、評論の名作『時代閉塞の現状』を書いている。

貧困や多額の借金、度重なる家族の不幸など、不遇な生活の中で、数百首に上る優れた短歌を書き残し、26歳で結核により死去。

つまり、彼は19歳から26歳という非常に短い時間の中で、日本文学史に決して消えることのない燦然たる金字塔を打ち立てたのである。

自分は今32歳で、先述した通り、何一つ世の中に意味のあるものを生み出さず、人の役に立つこともほとんどなく、毎日ぶらぶら過ごしている。啄木は、自分の年の頃には一生分の仕事を成し遂げ、もうとっくに死んでいたのである。

そう考えると、啄木短歌への共感など、壮大な勘違いなのであって、恥ずかしくて到底口に出せるようなものではない。

彼我のあまりの隔たりに、なんだか自分はぼうっとしてしまって、ぢつと手を見る。

 

参考文献:『一握の砂・悲しき玩具』 石川啄木著 新潮文庫 

4月の9冊

こんにちは、アイマ イモコです。

いろいろありましたが、平成を生き抜き、無事令和元年を迎えることができました。これも、日ごろ支えて下さるみなさんのおかげです。ありがとうございます。

連休は満喫されましたか? 家族は、430日~51日のテレビが退位儀礼&即位儀礼ばかりで退屈したなどと、不敬なことを申しておりましたが、私は両日とも黙々と仕事をしておりましたので、両方見ておりません。知人の話では、退位儀礼は感動的であったということなので、見たかったな~と、少し残念に思っています。

10連休ではありませんでしたが、普段実質週休1.5日くらいの私にとってはかなり貴重な長期連休だったので、思う存分羽を伸ばすことができました。

特に、本好きの友人と、京都古本巡りができたのは、GW最高の思い出です。

退職金成金の身の上故、気が大きくなるがまま買いあさり、腕を真っ赤にしながら三重まで帰ってきました。本が重すぎて布のトートバックの取手がとれたのはご愛敬です。

本があれば、連休明けで一気に現実に引き戻されても大丈夫! 10連休が明けて、休み中にたまった仕事に茫然としているあなた、こんな時こそ、普段の生活とも仕事とも全然関係ない本を開いてみてはいかがですか? 日常から離れていたあの時のわくわく感がきっとよみがえる…はず!

 

購入した古本の紹介をしたい気持ちを抑え、今回は定石通り4月に読んだ本を紹介しますよ。イモコちゃん真面目!

というのは、前回申し上げた通り、いろいろと面白い本が読めたため、紹介しないともったいないからです。

もちろんイモコの独断と偏見と妄想と顕示欲のごった煮になったような紹介文が蛇足であることは百も承知の上ですが、とにかく書名だけでも見ていただいて、面白そうなタイトルの本があれば、実際に手にとってみていただければ嬉しいです。さらに、みなさんの感想を聞かせてもらえたら、こんなに楽しいことはないですね。

イモコと本の話がしたい方は、ぜひtwitter @usoHAPPYaku0800までDMください。

それでは、今月も長ったらしく、くどくどと参りましょう!

 

    池上 俊一著 『情熱でたどるスペイン史』 岩波ジュニア文庫

あまり海外旅行に興味はないが、生きている間に行ってみたい国が3つだけある。イギリスとトルコとスペインが、その3つである。スペインは、EU諸国の中でも特に、日本から見て「異質」な国であるように思われる。 日本人が、ヨーロッパ諸国の中でイギリスやドイツほどにはスペインに関心を払わないのは、(勿論ヘゲモニーの関係もあると思うが)日本人とスペイン人のメンタリティが違い過ぎるせいかもしれない。本書は、そのスペイン人のメンタリティの最たる特徴である「情熱」を軸に、政治史から文化史までを紐解いた、スペイン史入門としては格好の一冊である。

文化史においてスペインの面白いところは、普段はどうしても辺境というか、地方臭さが抜けないのに、時々とてつもない才能が出現して、誰も打ち破れないような金字塔を打ち立ててしまうところである。ピカソ、ガウディ、セルバンテスはすべてスペイン出身である。本書では、スペインの地理的な特性についても、冒頭で少し触れられているが、人の力の及びそうにない荒涼とした大地の原風景が、創造力を生むのだろうか。

政治史では、レコンキスタ大航海時代以外の時代は、常にしっちゃかめっちゃかであり、社会の上層部の身勝手さと、従わない民衆との間の乖離が根深いように感じられた。その乖離は、つい最近のカタルーニャ地方独立問題と、それに関するごたごたにも表れているような気がする。

本書でスペインに興味が沸いたら、中公文庫の『物語スペインの歴史』、『物語スペインの歴史 人物篇』(岩根 圀和著)に進むことをお勧めする。

 

    高村是州著 『ファッション・ライフのはじめ方』 岩波ジュニア文庫

    高村是州著 『ファッション・ライフの楽しみ方』 岩波ジュニア文庫

当方、絶望的に服がダサい。

昔からダサかったが、2年間引きこもっている間に、わずかに持ち合わせていた、外見への執着心のようなものが雲散霧消し、復帰後しばらくは、職場の制服の上に、十年物の毛玉の浮きまくったセーターを着こむという、いい年の独身女性とは思えない体たらくで過ごしていた。しかし、今回ほとんどおしゃれな美人しか存在しないような空間に身を置くような羽目に陥ったこともあり、なんとかしないといけないと焦り始めた。

今までほとんど関心のなかったことに切り込もうとするときに私が頼りにしているのが、岩波ジュニア文庫である。本書も、男性向けではあるが、ファッションに興味を持ち始めたばかりの中高生を対象としており、基本的なルールや心構えを知る上では役に立つだろうと思い、手に取った。 

「ファッションとは他人と信頼関係を結ぶためにあるもの」「自分で着る服を選ぶということは、自立の第一歩」という言葉に、道理で人間関係の構築と維持が下手な自分は服を選ぶのも下手なわけだ、とか、30過ぎても親の意見で服装を左右されている自分は、自立とは程遠いところにいるな、とか、いかに服装だけでなく生き方そのものが「ダサい」かを思い知らされて、ひとしきり落ち込んだ。

具体的なアイテム選びに関しても、豊富な事例が紹介されているので、ファッションが苦手な男性諸兄には参考になるかもしれない。 個人的には、本書の中で女性が一律に「男性より社会的で、ファッションをコミュニケーションツールとして活用している存在」として扱われていることに、若干違和感を抱いた。ダサい女の、ただのやっかみである。

 

    ブッダの真理のことば・感興のことば』 中村元訳 岩波文庫

48日はゴータマ・シッダールタの生誕の日と言われている。所謂花祭りの日である。以前友人が、日本ではなぜクリスマスは大々的に祝われているのに、花祭りは祝われていないのかと憤っていたが、クリスマスは時期的に、年末近く日本人の気持ちが浮き立っているときに異国の華やかな祭りとして輸入されてきたので、年末年始と合わせて、めでたい祭りとして定着したのだと思う。 日本のクリスマスには、ほとんど宗教の匂いがしない。それに対し、花祭りはやはりどうしても、仏教の宗教行事である。年越しの祝賀モードに比べると一般的に人口に膾炙しないのは無理もないことなのであって、この二項を比較して日本人の信心のなさを批判するのは何か違っているのではないかと思う。

話がずれたが、48日の仏誕祭にあわせて、ブッダの教えに触れてみようと思った。本書は、日本で一般的に浸透している大乗仏教とは異質の、初期仏教の経典を日本語訳したものである。大乗仏教の、高度に抽象化・観念化された世界とは異なり、ブッダの修行者としての生の足跡、悟りに至るまでの思想の形跡のようなものが現れているように感じ、仏教に関してあまり知識のない自分でも、普段の生活の実感に照らし合わせて、興味を持って読むことができた。 ブッダの言うところの「学び」とは、仏教の教えのことであり、「正しく生きる」とは、仏教の戒律を守って生きるということなのだろうが、勝手に解釈を広げると、生涯学ぶ心を持ち、より良く生きたいと願っている人々にとっては、ヒントのつまった書物であるということもできる。下手な自己啓発書を読み漁るよりは、本書と『ブッダのことば』(中村元訳 岩波文庫)をじっくり読んでみると、清く正しく生きるモチベーションが高まるかも知れない。

 

    鷲田清一著 『モードの迷宮』 ちくま学芸文庫

②③において、ファッションは、自己イメージを形成し、他者に自己開示をするためのコミュニケーションツールとして定義されていた。

本書は、その明るく健全な定義が単純に思えてしまうほど、ファッションの持つ複雑性、多面性について考察された哲学書である。 ファッションは自己開示であるのみでなく、他者の要求を受け入れることでもある(流行に乗るとは、同時代の大多数の好みを受け入れ、それに同化する行為である)。我々が他者の要求に合わせて自己の身体を変化させるようになるとき、ファッションは、一種の暴力性をまとって我々の生の体と対峙するようになる。特に、女性が「流行」の名のもとに、自らの体に加えてきた暴力は、歴史上枚挙に暇ない。現代人は、コルセットで胴を締め付けすぎて失神する19世紀の貴婦人を嘲笑し、清朝の纏足の風潮に顔をしかめるかも知れないが、その一方で、短すぎるスカートで体を冷やして重い生理痛に苦しみ、ハイヒールを履いては踵を血まみれにしているのである。 なぜ自らを痛めつけてまで、人は着るものに拘泥するのか。それは、服を着るという行為が、意識するせざるにかかわらず、外に向かって自己を表現する行為だからである。そして、人は服を着ずに他者の前に立つことはできない。つまり、他者と対峙するに際して、言語の表現が、意志によって時には遮断できるのとは異なり、ファッションによる自己表現は、外に出ている以上オフにすることができないのである。 よって、「見られる」ということに対して敏感な人は、社会的な生活を送る限り、ファッションの呪縛から逃れられないということになる。 

面白いのは、本書が女性ファッション誌の連載から生まれた本であるということだ。流行を礼賛し、周囲の目に好ましい女性として装うことを推奨する女性ファッション誌の読者は、ファッションの暴力性について言及された連載を読んで、何を思っただろうか。

その他、服飾で覆い隠すことによって、逆説的に裸=性的なるもののイメージを喚起するファッションの作用について触れられた箇所も、興味深く読んだ。

 

    ゲルトルート・レーネルト著/ 黒川祐子訳 『絵とたどるモードの歴史』 中央公論美術出版

人は服を着ずに他者の前に出ることができない。それ故、画家が人物を描くときには、モデルがまとっている衣服をも同時に描くことになる(絵画には裸体画という一大ジャンルもあるのだが、それは脇に置いておくことにする)。 もちろん、肖像画を描くときに、画家が衣服そのものを表現しようとしているというケースは稀である。モデルの服装は、モデルという一人の人物を表現しようとするときに、いわば必然的に同時に表現されてしまう付属物なのだ。しかし、着衣の人物が描かれるとき、同時に描かれた衣服はその人物が何者であるかを表現すると同時に、画中の人物が属する時代、また、画家が生きた時代を映し出す、重要な手掛かりになる。 本書では、西洋絵画に描かれた服装の変化から、古代から現代までのファッションの歴史をたどっている。

画中での服装の役割を考えるときに、もう一つ注意したいことは、近代になって写真が登場するまでは、絵画が最も一般的な視覚的メディアの一つだったということだ。18世紀以前の上流階級の人々は、絵画を見ることで、自分たちの属する階級の人々の間で流行している服装の情報を得ることができたのだろう。また、王室の肖像画等で憧れの王妃たちが着ているドレスを知り、それを真似ることにより、流行が生み出されていったのかもしれない。

興味深いのは、産業革命の頃を機に、女性の服装の潮流が、華美なドレスから機能的なスーツへと一変していることだ。この時代に、女性の衣服というものに対する考え方が、根本的に変化していると感じる。産業革命というものが人々の生活に与えた影響の大きさがうかがい知れる。

 

    檀一雄著 『わが百味真髄』 中公文庫

檀さんはダンディである。ダンディな男というものは、器用である(偏見か?)。ダンディな男は、独自のこだわりを持ち、どこまでも高いレベルで物事を仕上げることを追求している。檀氏にとって、文学と料理は、どれだけ登っても山頂の見えない高嶺であり、だからこそ、生涯をかけてこの二つにこだわり抜き、誰もが唸るような傑作とおいしいものを生み出してきたのだろう。本文中にも見え隠れするように、彼の料理道の根底には、幼少期の家庭の不幸が、影のように黒く蹲っているのかもしれないが、本書の中での著者の姿勢は、あくまで明るく、軽快である。だが、取り組む料理はかなり本格的なものであるし、美味なるものの探究に対しても容赦ない。軽快にヘヴィーな仕事をやってのけるところにも、檀一雄のダンディズムを感じる。

本書には、太宰治坂口安吾などの、同時代の文豪たちとの交流譚も多く収められているので、大正~昭和初期文学のファンの人も、ぜひ読んでニヤニヤしてみてほしい。また、著者の子息、檀太郎氏による解説には、胸が熱くなるようなものを感じた。

 

    デボラ・L・ロード著/栗原泉 訳 『キレイならいいのか ビューティーバイアス』 亜紀書房

フェミニズムの視点から、女性に対して押し付けられてきた「美しくなくてはならない」という社会的な圧力の存在を指摘し、容姿差別を社会から撤廃するための対策について論じた一冊。⑤⑥でも触れられていたが、女性の外見に向けられる視線は、男性に対するそれとは段違いの関心が込められているように思う。異性からの性的関心、同性からの批評、羨望…また、不器量と判断された場合、屈辱的な侮蔑、冷笑。ただ社会に顔を出すだけで、女性はこれだけのものを受け取らなくてはならない。女性の多くは、それらの視線と対峙するために、男性より多くの対策をとらざるを得ない。外出前は何十分もかけて化粧をしなくてはならないし、服だって、時節に合った「女性らしい」ものを、何着も用意しておく必要がある。また、体の毛を抜いたり、爪を塗ったりと、自分の体になるべく手を加えて変形させることがよしとされる。著者は、女性にそのような手間をかけるよう促す社会的な要求が、女性の力を減じる一因であると喝破する。 

女性たちは、仕事で力を発揮するよりも前に、「社会的に望ましいとされる姿になる」という、一段階前のハードルを設置されている。その結果、体を痛めつけるような行為が平然と行われているということは、⑤でも触れられていたとおりである。

本書では、主にアメリカの事例が扱われているのだが、アメリカにおける美への指向とは、「美の基準に近づくこと」、また、他人より抜きんでて美しくあることに向けられるのだろう。 また、多人種共存の社会でもあるため、容姿による差別は、日本よりも過酷なものがありそうだ。しかし、日本社会の中でも、「社会でなんとなく良しとされているコード」から外れた人に対する視線は厳しい。個人的には、公的な選択が外見の好悪という合理性に乏しい感覚に左右されるのは好ましくないと思うのだが、全ての選択は詰まるところ好悪にいきつくのであって、完全に理性的な選択というものはあり得ないとも思う。 容姿差別を防ぐセーフティーネットについて、日本に住む我々は、法整備までしなくても…と思うかもしれないが、法整備によって不本意に機会喪失する人を減らせるのであれば、意味のあることだと思う。

 

    橋本治著 『ひらがな日本美術史1』 新潮社

今年1月に亡くなった、小説家・橋本 治による、芸術新潮の人気連載を書籍化したもの。17巻まで出版され、橋本の代表作の一つとなった。

第一巻である本書には、弥生時代の埴輪から、東大寺南大門まで、21の日本美術の傑作が紹介されている。目次を見ると、それぞれの作品名の横に、「まるいもの」とか、「マンガであるようなもの」とかのタイトルがついていて、本文を読む前から興味を掻き立てられる。

本書では、一つ一つの作品に対して、著者の個人的な体験から惹起される印象を含め、掘り下げたストーリーが語られるため、一般的な美術便覧に比べて、はるかに作品が記憶に残りやすい。橋本さんは、美術品に対し、ただ眺めるだけでなく、執拗に「なぜ?」と問いかける。目に見える表層を愛でるにとどまらず、小さい手がかりを見逃さずに疑問点に対する答えを追求することで、作品の奥から、作者の人間性やものの見方、作品が制作された当時の日本の姿が浮かび上がってくる。これぞ美術愛好家として手本にすべき姿勢ではないかと感じた。

イチオシはその19・運慶作の「無著菩薩・世親菩薩立像」の章である。写真から目が離せないほどの強い印象を受けた。また、この像に関する橋本さんの解説を読んで、不覚にも少し涙が出そうになった。 ぜひ一読してみてほしい。

 

以上、4月の9冊でした~。

ちなみに、イモジャーの文章が微妙に時節とずれてるなーと思ったあなた!鋭いですね~ 

当ブログは無駄に長文をこねくり回しているせいで、書き始めから完了までに大体1週間半くらいかかっているのです。

ということで、締めのパートを書いている今は、5月も半ばを過ぎてしまいました。みなさんのGW気分もすっかり抜けてしまって、また日常の中に埋没している方の多いことと思います。

しかし、そんなときこそ本ですよ! 時には日常を抜け出し、豊潤な想像の世界に遊ぶ時間も必要です。

ちなみにイモコは、想像の世界に遊び過ぎているせいで、イマイチ現実世界と折り合いがつけられていません! まあでも、本を読んで、日常から離れている時間と、イモコをやっている時間があるからこそ、元気でいられるのかなと思っています。

3月の10冊

こんにちは、アイマ イモコです。

 

いつも参加している「本の会」に参加できなかった先月、「イモコの読んだ本はブログで紹介します」と宣言してから、はや一ヶ月が経とうとしています。

みなさん、新年度を迎えて、どのようにお過ごしでしょうか。

私は、誰がどう見ても向いていない仕事に転職してしまった故、茫然自失の体で4月の春うららかな日差しの下を生きております。

基本的にサイコロ投げて出た目の方へ動いている生き方ですので、こういうミステイクはしょっちゅう起こります。いい年齢なので、そろそろ堅実に自分の特性とか将来の予定とかを考えながら、人生設計というものをしないといけないのかな…と思ったりもするのですが、「人生何が起こるかわからない」「なんでもやらないよりはやった方がまし」と常々人前で申している手前、もう少し偶然の女神の導く方へ、我が身を任せてみたいと思っています。 

あ、しかし、折角の人生、自らの不心得により、負わなくてもいい傷を負うのは愚の骨頂だとも感じていますので、若いみなさん、就職&転職は慎重にね☆

 

実生活がうまくいかない時こそなぜか読書が進むもので、最近いろいろと面白い本を読めているのは嬉しい限りです。

先月もたくさんのいい本に出会えたので、遅ればせながら、紹介させてください。

迷いをかかえながらも、新年度を生き抜こうとがんばっているみなさんに、ヒントとなる本との出会いがあれば幸いです。

 

    澤泉重一・片井修一著 『セレンディピティの探究 その活用と重層性』 角川学芸ブックス

敬愛する地元屈指のカルチュアリストである知人から、ひと箱古本市でゲットした、出会いからしセレンディピティな一冊。

オックスフォード英語辞典によると、セレンディピティとは、「偶然と察知力によってあてにしないものを発見する才能」のことを指すらしい(本書p18)。本書では、感覚的で捉えどころのないこのセレンディピティという現象を、科学的に分析し、実際に活用するためのアイディアやトレーニングの方法が示されている。

一般的に、科学的な研究というものが、一点に関心を集中させ、可能な限り焦点を絞って行われるものであるのに対し、セレンディピティによる発見は、そのフォーカスの範囲外にあるものの中に重要性を見出すことによって生み出される。セレンディピティの能力に優れている人というものは、意識は対象に集中させていながらも、視野は狭められておらず、また偶然視界に入ったものを、関心の中心と関連付ける発想力を持ち合わせているのだろう。誰しもたまたま思い付きでいいアイディアが浮かぶという体験は時々経験すると思うが、その偶然の裏には、このような関心の集中と拡大の運動が起こっているのかも知れない。

 

    出口 治明 著 『知的生産術』 日本実業出版社

以前もちらっと言及したが、私は元ライフネット生命()CEOで現APU立命館アジア太平洋大学)学長の出口治明氏のファンである故、氏の著作は大体チェックしている。最新刊の本書も、「メシ・フロ・ネルから人・本・旅へ」「数字・ファクト・ロジックをもって考える」という、著者の常からの主張に貫かれている。その上で、時間を生み出す方法や、効果的なインプット・アウトプットの方法など、具体的な実効策が多士く紹介されているのが嬉しいところだ。出口氏の提案は、要するに「広い視野を持って、冷静に物事を見て考えろ」ということなのだと思う。その知的態度に、私はひきつけられるものを感じているのである。

 

    梅原 猛 著 『哲学する心』 講談社学術文庫

今年1月に亡くなった哲学者、梅原猛氏のエッセイ集。不勉強にして、彼の著作は今までほとんど読んだことはないが、死亡時のテレビ報道等を見て、日本の歴史に対する独特な観点に興味を持っていた。

本書は氏が新聞や雑誌に寄稿したエッセイを中心にまとめられており、多彩な話題が収められている。私が特に興味を持ったのは、余暇と遊びに現れる日本人の心性、「笑いの哲学」、日本思想における仏教の復興の必要性等に関する話題だ。それぞれの内容については、ぜひ本書を一読してほしいのだが、中でも西洋哲学に対する日本人の思想の柱としての仏教の可能性を論じた文章には、なるほどと思われる個所が多かった。哲学するということは、偉人の思想を読み解いて終わるものではない。そこから各々が独自の思想を生み出す源泉となってこそ、一つの思想はその土地に根付いていると言えるのだという考え方には、おおいに首肯させられるものがある。また、一冊を通して、著者の戦争体験に対する消えない怒りと忌避感を強く感じた。

 

    イケムラ レイコ著 『どこにも属さないわたし』 平凡社

三重県出身で、現在はドイツを中心に世界的に活躍する現代美術作家、イケムラ レイコ氏の自伝的エッセイ。

本書では、イケムラさんのこれまでの歩みと、その人生の中で培われてきた創作への動機や、芸術家としての転機となった出来事の記憶が語られている。イケムラさんを一貫して動かしているものは、自立への強い意志と、広い世界への指向である。彼女は、一定の枠の中にはめられることをどこまでも拒む。どんなに幸福や成功を手にしたとしても、周囲の環境が彼女を固定した存在として定義づけ、或る方向へと押し流そうとした途端、彼女はそこから離れ、新しい地へと出立することになる。 

数年前に三重県立美術館で開催された個展を見て、その幻想的なテーマや、色彩のグラデーションの美しさに、強く魅了された。彼女の作り出す、不完全な身体の少女像は、不安定さや不穏なイメージとともに、ユーモアやまどろんでいるような安らぎを感じさせる、なんとも不思議な存在である。イケムラ レイコさんの少女像には、「どこにも属さない」ことによって生じる圧倒的な自由と、その裏側にある孤独の、寂しさと誇りがにじみ出ているのかも知れない。

 

    吉行理恵詩集』 晶文社

希代の読書家かつ文筆家である友人から借りた一冊。彼女の文学的センスは抜群なので、最近所謂文学的な書物から遠ざかっていた私には大変よい刺激になった。

収められている詩の数々は、一見、とても静かな印象である。私は、一読して、冬の日の一面の銀世界を、窓の中から見たときのようなイメージを抱いた。しかし、読み進めているうちに、安全な場所から雪景色を眺めて、きれいだねーと言えていた呑気な心は、いつの間にか引っ張り出されていくのである。吹雪の荒れ狂う極寒の雪原に。

吉行さんの一見静謐な詩形の下には、とてつもない情念のようなものが潜んでいるようだ。その激しい感情の力は、決して目に見える形では読者の前に提示されることはない。しかし、詩集一冊を読み終えた後に残る、一種のショック状態は、人がもっとも奥底に秘めている魂のひだに触れたときに感じる、圧倒されるような感覚と似たものがある。

詩集全体を覆う気分は、「すべてのことはもう起こってしまった後であり、二度と取り返しがつかないのだ」という喪失感である。 詩人の冷徹な視線は、失われたものに対する熱望やロマンティックな回顧を許さず、ただ深い諦念のみを自らに課す。そのような厳しさと激しさを、氷の結晶に閉じ込めるように、静かで優しい言葉でくるんでしまえることに、詩の力を感じた。

 

    佐野 眞一著 『津波原発』 講談社

日本のノンフィクション界の重鎮である著者が、震災後間もない岩手県三陸海岸沖と福島県原発事故避難区域を訪れた記録。

本書を貫いているのは、被災者を「被災者」として一括りにし、それぞれの顔と名前をはく奪し、対岸の存在として周囲を旋回するだけの大手マスコミの報道姿勢に対する怒りであると感じる。著者は、そのようなマスコミの姿勢に反旗を翻すように、一人の人間としての被災者の声を拾い上げ、その姿を文章の中に生かそうとする。そこに現れるのは、ステレオタイプ化された悲劇の主人公ではなく、周囲の世界が破壊されても、今日を、そしておそらく明日からを生きていかなくてはならない人間の姿である。

また、本書の後半の大部分は、日本の原発導入及び福島県原発受容の歴史に占められている。著者の佐野眞一氏は、所謂東電OL殺人事件についてのルポタージュを書く上で、東京電力を綿密に取材した経験があり、かつ、日本に原発を導入する契機を作った財界人・正力松太郎の伝記を著している。その取材経験を基にした、詳細な原発史を読んでいると、ヒロシマナガサキへの原爆投下、いや、もっと遡って恐らく開国この方の日本近代の歴史が、積もり積もって今回の破局につながっているのだと感じ、暗澹とした気持ちになった。

 

    花田 菜々子著 『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』 河出書房新社

前述のひと箱古本市でゲットした一冊。普段同時代のヒット書籍を読むことの少ない自分にとって、めったに手にとらない種類の本なので、わくわくしながら読むことができた。

冒頭で、仕事と結婚生活に行き詰った著者が抱える思いに、数か月前の自分の気持ちがそのまま重なった。それは、「もっと知らない世界を知りたい。広い世界に出て、新しい自分になって、元気になりたい。」(p11)というものである。

恐らく多くの人の心の中にこの思いは存在することだろう。私なぞは、この思いの故に本を読み漁っているようなものである。

この普遍的な思いを、普遍的でない一冊の本にしたのは、花田さんが行動を起こしたということと、その手段が振り切れたものだったということである。どれだけ本を読んだところで、実際に行動しなければ人生は変わらない(それは私がバカなだけで、本を読むだけで人生を変えられる人ももちろんいると思う)。花田さんの場合大きな成果と自信を手にしたのだが、結果が成功しようと失敗しようと、行動することで何か変化が起きることは間違いがない。私が、なんでもやらないよりはやる方がマシだと考える所以である。

花田さんの冒険の記録はとんでもなく面白いので、ぜひ本書にあたってみてほしい。また、紹介されている本が魅力的なので、ブックガイドとしても使える。

 

    五十嵐 太郎著 『被災地を歩きながら考えたこと』 みすず書房

著者がキュレーターを務めたあいちトリエンナーレ2013の会場でボランティアをしていた時に、著者に会ったことがある。 言葉を交わしたかどうかは忘れたが、非常に真面目そうな印象だったことを今でも覚えている。

本書は、震災当時東北大学で教鞭をとっていた著者が、震災直後の被災各地を訪ね、そこで見たものを建築家としての視点から考察した記録である。

先に紹介した『津波原発』が人間をクローズアップしたものであったのに対し、本書の中でフォーカスが当てられているのは、風景である。著者の「建築家の視線」は、ともすれば人間中心の自分の視点と全く違った図を呈し、読みながらどきっとする箇所が数か所あった。特に、震災遺構に関する部分や、学生たちと復興プランを考える部分では、「物」と「人心」の一筋縄ではいかない関係について考えさせられた。建築物は、それを利用する人間がいてこその建築物である。しかし、だからといって、人間の存在を前提としない建築物はすべて無力で無駄なのか。そもそも、自然災害からの復興においては、本当になによりも人間が優先されるべきなのか。 被災の痛みを負わなかった人間には、結局傷跡の表層をなぞることしかできないのかも知れない。しかし、考えることはできる。

 

    吉行 理恵著 『井戸の星』 講談社

前述の友人から借りた一冊。詩人の書く散文は、小説家の書くものより文章の温度が低いような気がする。この小説集の文章も、ひんやりとして透き通った、氷の結晶のように感じる。

本書に収められている小説の多くは、「繊細で美しいものが、俗なるものに侵入され、追放あるいは破滅させられてしまう」という共通のテーマを持っている。静謐で清らかな日常における、灰汁のような存在の介入は、いつも突然である。本書では、俗なるものは「つるこ」と呼ばれる女の姿によって象徴されている。女は一見美しい。親切そうでもある。しかし、彼女は他者を自分の思う方向に押し流そうとする意図と、力を持っている。その力にあらがえるだけの力を持たない繊細な存在は、追いやられ、押しつぶされる。しかし、「つるこ」は「悪」ではない。彼女は「俗」なのである。 「俗」とは、自分の欲望を優先させることである。 私たちが生きているこの社会は、欲望によって動いている。弱い者は、容易に他者の欲望の犠牲になり、社会の中心から退場を余儀なくされる。詩人の目は、その様相を鋭く見抜いている。

 

    前田 マリ 絵・文 『猫(CAT)はジャズが好き』 晶文社

イラストレーターの前田マリ氏が、ふんだんなイラストと共に、ジャズの魅力について解説した一冊。図書館で偶然目にして、猫好きジャズ好きの私は文句なしに惹きつけられた。

ジャズ好きと言っても、私は「こだわりのないジャズ好き」であり、とりあえずかかっている音楽がジャズだったらより楽しい気分になるというだけで、それがマイルス・デイヴィスだろうがビル・エヴァンスだろうが、なんでも結構というくらいのライトなファンである。そんなジャズファンの外道である私にとって、コアなプレイヤーが多く紹介されている上に、聞かなくてもその魅力が想像できる情熱的な解説が満載の本書は、ジャズを聴く楽しみを一層高めてくれる、格好の指南書であった。また、画家の著者がレコードのジャケットやプレイヤーのルックスについて多く言及しているのも興味深い。ネット配信サービスで音楽を聴くことが主流になって以降はあまり感じられないかも知れないが、「音楽の視覚的な楽しみ方」というものは、確かに存在するのである。

 

以上、3月の10冊でした。

今回はイモコの気力と体力の問題により、いつもよりは短縮バージョンでお届けしました。本当はまだまだそれぞれの本について語りたいことが山ほどあるので、聞きたい人はこっそり教えてください。こっそり話します。

書きながら、自分には尊敬できる人がたくさんいて幸せだなと思いました。素敵な本に出会わせてくれたあなたに感謝です。

悩みは尽きませんが、イモコは眠れてご飯が食べられて本が読めたら大丈夫です。

新生活が辛い人は、できるだけ自分の「大丈夫」をかき集めてみてはいかがでしょうか。こんなに自分はいろいろなものを持っていたんだと思うと、少し安心できるかも知れません。

リニューアルのお知らせ

こんにちは、アイマ イモコです。

4月なのに吹雪の情報が毎日入ってくる今日この頃ですが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。イモコは見事に風邪をひいて、喉に辛子とタバスコを混ぜて塗り付けたような痛みが続いています。ところが、間の悪いことに現在保険証というものを持っておらず、今医療機関にかかると、いつもの7割増しのお金がかかってしまうので、新しい保険証ができるまでは、なんとしても医者にはかからず、毛布をかぶって根性で治そうと思っています。国民皆保険制度って、本当にありがたいものですね。

 

さて、新しい元号が「令和」に決まりましたね! 発表を見て、なんとなく、「やっぱりみんな昭和の時代に帰りたかったのかな…」とか思って遠い目になってしまいました。

それはともかく、イモコのようなうっかりさんたちに注意を促したいのですが、新元号が適用されるのは、2019年5月1日からなので、みなさんくれぐれも注意してくださいね! せっかちなみなさん、2019年4月中はまだ「平成」ですよ。くれぐれも令和元年4月3日とか書かないように! そして、のんびり屋のみなさん、2019年5月1日以降は令和元年ですよ。平成31年5月5日とか、時代に取り残されたようなことを書いてはいけません! イモコは両方やらかしそうなので、今から数か月は元号スタンプを前にヒヤヒヤしながら過ごす日々が続きそうです。

 

毎年年度の始まりには気分を新たにされる方が多いと思いますが、今年は改元という事情も加わって、更に気分を切り替えるにはもってこいのシチュエーションとなりましたね。 新年も気を改めるよい機会だと思いますが、年度の変わり目は、公的な生活の区切りの時期であり、実際の生活においても変化がある場合も多いので、よりダイレクトに心境の変化が訪れる時期かも知れません。 

私の場合、丁度4月と1月の中間に誕生日を迎えるので、年に3度気合を入れなおす機会があります。1年中新たな気持ちでがんばれる、と言えば聞こえはいいですが、それ以外の時期を怠けて過ごす口実にしないようにしないとな…と思っています。

 

というわけで、当ブログも気分一新、リニューアルを敢行しますよ!

まず、ブログタイトルですが、

アイマイモコ通信」

と変更しました。「通信」の読み方は「ジャーナル」で、「イモジャー」と親しみを込めて読んでいただけると、管理人ひそかに喜びます。

余談ですが、職場の若い子と話していた時、彼女が「芋ジャー」(ダサいジャージのこと)とは何たるかをご存じなく、お育ちの差かなぁ・・・とショックを受けました。

 

アイコンは、初めて見たとき、すごくイモコっぽいなぁと思って親近感がわきまくった、長沢芦雪の子犬の絵です。この全身から醸し出されるしょーもなさがたまりません。「イモ」じゃなくて「イヌ」じゃねーか、と苦情がきそうですが、一文字違いなので、許してください。二文字の言葉で一文字違いを認めたら、なんでもありになってしまいますが、小さいことは気にしない!

 

あと、今までゆるーい感覚ではありますが、大体週1回金曜~月曜にかけて更新してきましたが、イモコ転職に伴い不定休となるため、しばらくは試行錯誤の不定期更新になると思われますので、ご了承ください。今後もできる限りコンスタントに更新していきたいと考えています。

 

心の底からどーでもいいわ!と叫びたくなるような地味ーなリニューアルではありますが、これを機に、さらに新鮮な気持ちでいろいろなことを体験して、書いていきたいと思っています。

これからも、アイマ イモコと「アイマイモコ通信」をよろしくお願いいたします。

イモコの蔵書、(ほぼ)全部売ります

こんにちは、アイマ イモコです。

みなさんのお住いの地域では、桜は咲いてきましたか?

私の通勤路に3本の桜の木が並んでいるのですが、これらの木は3本とも3月初旬には既に7分咲きとなり、満開になる前に春雨により落花し、現在ではほぼ葉桜となっています。

今まさに開花予想に浮かれている世の中から見ると、なんと生き急いでいる連中なのだろうと驚きますが、おそらくソメイヨシノではないのでしょうね。しかし、誰にも知られないところで時節を先取りしまくっていた3本の桜を見るにつけ、誰にも知られないところで才能を磨いている地方の若い人たちのことを思いました。いつかその花を見て感嘆する人が、世界中に溢れることを願っています。

 

さて、桜と一緒にこの季節に押し寄せてくるものと言えば、花粉症と「引っ越し」ではないでしょうか。

最近では運送業界の深刻な人手不足が問題となっており、34月の繁忙期に引っ越しを控えることが推奨されていますが、そんな事情とは関係なく学校も仕事も4月には始まってしまいますからね。引っ越しをする方にもその時期にせざるを得ない事情があるわけです。

引っ越しはなにかと面倒ですが、なにがいいかと言えば、引っ越しを機に余分なものを捨てることができて、一時的にすごく片付いた部屋に住めるということではないでしょうか。散らかし屋の人であっても、引っ越し後の1ヶ月くらいは、すっきり快適な生活を送ることができそうです。

そうえいば、一時期下火になっていたような気もしますが、ここ最近は再度片付けブームに火がついているようですね。片付けブームの根元には、コントロールできない世情の中で、せめて自分の棲家の状態くらいはコントロールしたいという、現代人の恐れと表裏一体になった意地が見え隠れしていて、なんだがあわれを誘います。

そうは言っても、散らかっているよりは片付いている方が、日常をスムーズにこなせそうな気がするのも事実です。特に、イモコのような不器用の極みの人間は、なるべく必要なものが必要な時にすぐに取り出せる状態を作っておくことが、より上手に生きるために必要なことなのかも知れません。

 

ということで、引っ越しはしませんが、引っ越しシーズンにかこつけて、イモコも片づけというものをしてみようと思い立ちました。

安月給につき必要のないものは(時々必要なものでさえ)めったに買わない私でも、放っておいたら増えていくものの代表は、やはり本ですね。

蔵書何千冊という方に比べたら、ほとんど何も持っていないに等しい冊数ではありますが、気が付くとすぐに本棚に入りきらないくらいに本が増えてしまいます。

片付けブームの裏側で、蔵書は今まで積み上げてきた知識の総量なのだから、無理に整理する必要はないのだという言説が愛書家のみなさんから発せられていて、もっともだなと感じるのですが、一方で、「読書家にとって最も憎むべき相手とは、価値のある書物を死蔵する人間だ」という言葉もあります。

私自身は、いいものはどんどん他の人にも読んでもらいたい、知ってもらいたいという考えの持ち主なので、後者の言葉により同情を寄せるところがあります。

そのため、今回、イモコの数少ない蔵書をこの場でみなさんに公開し、お好きなものをお買い上げいただこうという企画を考え付きました。

以下のリストをご覧になって、購入を希望される本があれば、気軽にtwitter @usoHAPPYaku0800までダイレクトメールをお送りください。

顔見知りのみなさま、三重県津市近辺にお住まいのみなさまであれば、ご希望の場所までイモコが本をお届けに参りますので、その場でお支払いいただきます。

遠方にお住いの方は、DMにてご住所を賜りましたら、郵送にてお送りさせていただきます。

お支払いにつきましては、LINEpayなどを使用できるようにしようかな、と現在考え中ですので、ご相談の上対応させていただきます。

見切り発車すぎる企画で、いろんな意味でゾクゾクしていますが、わりといい本がそろっているような気はしています。また、普通は隠しておきたい恥ずかしい本も一挙放出です! 過去本読みを自称する人に本棚を見られたときに、「実用書が多いね」とバカにした調子で言われたことがありますが、不器用は実用書がないと人生やっていけないんじゃー!!!!

 

ついつい熱くなってしまいましたが、下記が四苦八苦しながらつけた一言コメント付きのリストとなります。

値段は、文庫本が一冊200円、ハードカバー・画集が一冊500円ということにしましょうか(応相談)。

※は非売品、☆はイモコのお気に入りです。

非売品の本でも、貸し出しは受け付けます。

なお、2019年3月23日現在、26,32,62は貸し出し中ですので、ご希望の方は返却されるまでお待ちください。

歴史
No 書名 著者 訳者 出版社
1 世界史(上)(下) W.H.マクニール 増田 義郎 佐々木 昭夫 中公文庫
世界史本の定番中の定番。最初から通して読むと通史がおおまかに掴めるし、興味のある項目を重点的に読んでも楽しい。文化史が充実しているところが、美術ファンに嬉しいところ。
2 仕事に効く 教養としての「世界史」 出口 治明   祥伝社
3 全世界史(上)(下) 出口 治明   新潮社文庫
実はライフネット生命創業者で現在APU学長の出口治明さんのファンです。 出口さんの歴史の本は、出口さんの革新的な偉人 へのリスペクトが垣間見えて面白い。
4 アジア史概説 宮崎 市定   中公文庫
以下の記事に詳述。第二次世界大戦の記述には、その時代を生きた人の複雑な心境が現れている。
憲法
No 書名 著者 訳者 出版社
5 憲法入門 伊藤 正己   有斐閣双書
各構文の解説はもちろんのこと、法律の中で憲法はどういう位置づけかとか、日本国憲法の成立過程についても詳しく知れる。
6 日本国憲法     講談社学術文庫
全部読んでみると、あまり知らなかったりよくわかっていない構文が結構あって、冷汗が出る。大日本帝国憲法も一緒に載っているから、見比べてみると面白いよ。
文芸 日本
No 書名 著者 訳者 出版社
7 ☆パレオマニア 大英博物館からの13の旅 池澤 夏樹   集英社文庫
大英博物館の収蔵品がもともとあった土地を訪ねる旅の記録。池澤夏樹は書く世界が広くて好き。
8 山椒魚 井伏 鱒二   新潮文庫
初めて読んだとき、「山椒魚は私だ!」と叫びたくなった我が戒めの書。地の文の山椒魚への突っ込みが最高。※非売品。
9 御馳走帖 内田 百閒   中公文庫
10 サラサーテの盤 内田 百閒   ちくま文庫
11 第一阿房列車 内田 百閒   新潮社文庫
12 第三阿房列車 内田 百閒   新潮社文庫
13 第二阿房列車 内田 百閒   新潮社文庫
14 百鬼園日記帖 内田 百閒   ちくま文庫
15 ☆冥途・旅順入城式 内田 百閒   ちくま文庫
日本の作家で百鬼園先生が一番好き。『冥途・旅順入城式』と『サラサーテの盤』の中の数編は夢に出てくるくらい怖い。
16 沖縄文化論 忘れられた日本 岡本 太郎   中公文庫
岡本太郎の中で、琉球と縄文が重ね合わせられていると思う。太郎が見た文化の残滓も、今では相当失われただろう。
17 チョコレートのソムリエになる 小椋 三嘉   集英社βe文庫
何気にこのブログで一番多く紹介されている本です。詳しくは以下の記事を参照。
18 ☆独学のすすめ 加藤 秀俊   ちくま文庫
独学にせよ、学校に行くにせよ、自ら学問しようとする意欲の重要性を説いています。
19 魯山人味道 北大路 魯山人   中公文庫
北大路魯山人の超辛口な料理道。いくつかの料理は実際作ってみたけど、まあまあうまい。しかし、マ○ド○ルドハンバーガーの好きなイモコには厳し過ぎてついていけない。
20 智恵子抄 高村光太郎   新潮文庫
日本で究極の恋愛詩集といえばこれだと思う。 ただ、男性の愛って結局独り相撲で、巻き込まれる女は可哀想だなとも思ったり。おっといけない、私情が…
21 シュレディンガーの哲学する猫 竹内 薫 竹内 さなみ   中公文庫
物語パートが透明感があって好き。これを読んで、調子に乗ってウィトゲンシュタインに手を出して撃沈した。
22 ※わが百味真髄 檀 一雄   中公文庫
文壇屈指のグルマン、檀一雄。飯をうまそうに書く作家は大体料理がうまいよね。※未読。
23 文鳥夢十夜 夏目 漱石   新潮文庫
夢十夜は真似したくなる危険な魅力にあふれている。 「吾輩」のモデルの猫の話も入ってますよ。
24 ※出会い系サイトで70人に実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと 花田 菜々子   河出書房新社
あまり話題本を読まないイモコだが、こんな面白そうなことをやってる人のことは当然常に気になっている。※未読。
25 イギリスはおいしい 林 望   文春文庫
リンボウ先生も食べ物をすごくおいしそうに書く。さらに、マズいものをいかにもマズそうに書けるのがすごい。
26 ☆近代能楽 三島 由紀夫   新潮文庫
能を現代を舞台に翻案。六条の御息所は、いつの時代においても怖い。
27 炎の人 三好 十郎   ハヤカワ演劇文庫
ゴッホが好きだ。三好ゴッホは特にコミュ障が強烈なので、読んでて変な汗が出る。  
文芸 海外
No 書名 著者 訳者 出版社
28 ☆炎の人 ゴッホ I. ストーン 新庄 哲夫 中公文庫
ゴッホが好きだ。パリの画家仲間との交流のシーンが楽しい。後半その仲間がみんなボロボロになっていくのが悲しい。
29 アメリカの鱒釣り R.ブローティガン 藤本 和子 新潮文庫
超短編は特に言葉の美しさが際立つと思う。鱒と一緒に幻想の川を流れよう。
30 キャッツ ポッサムおじさんの猫とつき合う法 T.S.エリオット 池田 雅之 ちくま文庫
劇団四季のミュージカルもいいけれど、原作のナンセンスもしゃれてて素敵ですよ。こんな猫、いるいる。
31 ☆本当の戦争の話をしよう T.オブライエン 村上 春樹 文春文庫
一つ一つの話は短いけれど、すごくしんどい。戦争は経験した人の心を長い時間をかけて殺す。
32 長距離走者の孤独 アラン・シリトー 丸谷 才一 河野 一郎 新潮文庫
表題作はもちろん、他の短編の主人公たちもものすごい孤独。孤独がカッコよくきまるのは若者だけの特権ということもよくわかる、イタい短編集。
33 アンネの日記 アンネ・フランク 深町 真理子 文春文庫
ホロコーストの問題が、小学生の時初めてアンネの存在を知った時からずっと心に引っかかっている。※非売品。
34 わが心高原に ウィリアム・サローヤン 倉橋 健 ハヤカワ演劇文庫
まさに心に高原の風が吹き込む爽やか戯曲。 少年とじいさんのコンビは各国共通のテッパンですな。
35 充たされざる者 カズオ・イシグロ 古賀林 幸 ハヤカワepi文庫
36 夜想曲集 カズオ・イシグロ 土屋 政雄 ハヤカワepi文庫
37 わたしたちが孤児だったころ カズオ・イシグロ 入江 真佐子 ハヤカワepi文庫
一番好きな作家を聞かれたら、カズオ・イシグロと答える。もちろん全作所持していたのだが、イシグロがノーベル賞を受賞したときに散逸し、3作のみが手元に残った。
38 ロルカ詩集 ガルシア・ロルカ 長谷川 四郎 みすず書房
スペインの誇る詩人・ロルカの名詩選。スペインの土ぼこりと熱い風を感じる。
39 ファウスト 第一部・第二部 ゲーテ 相良 守峯 岩波文庫
相当若い時に読んだきりなので、第一部のファウストがクソ野郎だと思ったことしか覚えていない。
40 ダブリナーズ ジョイス 柳瀬 尚紀 新潮文庫
肩をすくめてすごすご生きてる人間がたくさんいるところを都会と呼ぶのは世界共通なんだなぁ。
41 アフリカの日々/やし酒飲み ディネセン/チュッオーラ 横山 直子/ 土屋 哲 河出書房新社
透明な悲しみを湛えたディネセンを読んだ後に、創造力が爆発してるチュッオーラを読むと、いい感じに悪酔いできます。
42 楽園への道 バルガス・リョサ 田村 さと子 河出書房新社
ゴーギャンと、彼のおばあちゃんのフローラ。世界と殴り合いする生き様は遺伝か?
43 イギリス・アメリカ文学史 作家のこころ 福田 昇八   南雲堂
文学史は一冊の読み物として十分面白い。読んでない作品に関して知ったかぶりしたい悪い子ちゃんにもおすすめ。
44 夜のガスパール ベルトラン 及川 茂 岩波文庫
詩人の想像力は中世の闇の世界に遊ぶ。 悪魔や化け物の姿は、キッチュでけっこう可愛くて笑える。
45 月と六ペンス モーム 中野 好夫 新潮文庫
多分「芸術家」のイメージを形成するのに大きな役割を果たしている作品。ストリックランド=ゴーギャンではないよ。
46 ラングストン・ヒューズ詩集 ラングストン・ヒューズ 木島 始 思潮社
アメリカの黒人詩人の代表作を集めた詩集。ブルースには嘆きだけじゃなく、不屈の精神もこもっているんだ。
美術
No 書名 著者 訳者 出版社
47 美術の物語(ポケット版) E.H.ゴンブリッジ   ファイドン株式会社
正確で詳細な通史に個人的な親密性が加わると、すごく面白い物語になる。毎晩寝る前に1章ずつ読みたい。
48 個人美術館の楽しみ 赤瀬川 原平   光文社新書
出てくるところに全部行きたくなるのが良い旅案内。 全部行くつもりはあります。
49 安藤忠雄とその記憶 安藤忠雄を知る50のキーワード 安藤 忠雄   講談社
なんとサイン本。 全国の安藤建築を、美麗なカラー写真で楽しめる。こちらも行きたくなること間違いなし。※もちろん非売品
50 ゴッホの手紙(上)(中)(下) エミール・ベルナール J.V.ゴッホ.ボンゲル 編集 碇 伊之助 岩波文庫
ゴーギャンが来る前のるんるんな手紙を読んでると、その後の展開を思って「ああああ」と頭を抱えたくなる。
51 スペイン美術史入門 積層する美と歴史の物語 大髙 保二郎、 久米 順子 松原 典子 豊田 唯 松田 健児   NHK BOOKS
歴史を知ると、芸術鑑賞がもっと楽しくなる。芸術作品の意味を知ると、歴史に詳しくなれる。相乗効果というやつ。
52 何必館拾遺 梶川 芳友   淡交社
大好きな場所。ここで山口薫の絵の魅力を知った。それぞれの芸術作品に寄せられた文章も光っている。※非売品
53 20世紀美術 高階 秀爾   ちくま学芸文庫
高階先生の既刊本を全部読んだら、その辺の大学生より芸術に詳しくなれると思う。本書は中でも屈指の読み応え。
54 ☆カラー版 西洋美術史 高階秀爾 監修   美術出版社
西洋美術を勉強しようと思って最初に買うならこれかなぁ。図版が多いし、けっこうマニアックな作家も紹介されている。
55 奇想の系譜 辻 惟雄   ちくま学芸文庫
曽我蕭白が面白すぎる。というより、曽我蕭白に対する辻先生の突っ込みが面白すぎる。でも、彼の龍には度肝を抜かれた。
56 ※志摩の猫 中村 愛之   楓林舎
この写真集の素晴らしい所は、決して猫が可愛らしく撮られていないところです。 猫の形じゃなくて、生が写っているんです。 ※非売品
57 ☆ノア ノア ポール・ゴーギャン 岩切 正一郎 ちくま学芸文庫
人と人との関係性では、立ち去る者が強い。ゴーギャンはいつも立ち去る方だった。 
58 ☆Art in a new world "芸術が終わった後の”アート”” 松井 みどり   朝日出版
「よし、芸術を研究しよう!」と思った時に最初に買って、難しくて撃沈した本。ただ、読んでおいたから現代アートについていけるんだと思っている。
59 ※図録:美の響演 関西コレクションズ 2012     国立国際美術館 朝日出版社
ドケチのイモコが思わず図録を買ってしまうほどの見応えのある展覧会だった。さらに、出展されている作品が全て国内、しかも関西にあるという事実がちょっとうれしい。※非売品
60 ヤマザキマザック アイズピリコレクション     ヤマザキマザック美術館
就職活動をしているときにアイズピリの絵をカタログで見てからずっと気になっていたんだけど、10年くらいしてからやっとまとまった作品を生で見る機会を得た。見てると幸せになれる絵。
宗教・思想
No 書名 著者 訳者 出版社
61 ※波止場日記 エリック・ホッファー 田中 淳 みすず書房
最強の独学者、エリック・ホッファー。こんな風に労働と学問を両輪にしながら生きるのが理想だけど、よほど強靭な精神がないと難しそうだな。 ※非売品
62 アウトサイダー(上)(下) コリン・ウィルソン 中村 保夫 中公文庫
この人も独学。自分はどうも世の中にフィットしてないんじゃないかと思ったときの必読書。天才系のアウトサイダーだけじゃなく て、ダメな奴も紹介されてるのが面白い。
63 セレンディピティの探究 その活用と重層性思考 澤泉 重一 片井 修   角川学芸出版
セレンディピティとは、偶然による発見。 計画性が皆無のイモコは、常にセレンディピティを重視して生きようと決めた。 今のところけっこう人生楽しいよ。
64 ※新共同訳 聖書     日本聖書協会
神の声はけっこう理不尽で、よくこんな奴について行く気になれたもんだと思うのだが、それだけユダヤ人は世の中の不条理を身に染みて感じていたということなのかも知れない。 ※非売品
65 ブッダのことば   中村 元 岩波文庫
日本で一般的に知られている大乗仏教の世界とは違う仏教の教えがここにある。 カリスマ指導者だったブッダだけあって、カッコいい言葉の宝庫。ただ犀の角のように一人歩め。
66 論語   金谷 治 岩波文庫
中国の官僚だった孔子の教えは、地に足がついてて具体的イメージをつかみやすい。「言うは易し、行うは難し」なことばかりなので、やたら論語を引用したがるおじさんと出会ったら、その人のやってることを見てその真価を問うた方がいいと思う。
実用書
No 書名 著者 訳者 出版社
67 秘密のオルチャンメイク PONY (パク・ヘミン)   Sweet Thik Omelet
PONYちゃんが可愛い。もちろん、メイク本としても、実際やってみるといつもと全然違う顔になれて役に立つのだが、今のイモコには若すぎるかも知れない。が、そんなことを抜きにして、PONYちゃんが可愛い。
68 図解マナー以前の社会人の基本 岩下 宣子   講談社α文庫
69 図解マナー以前の社会人の常識 岩下 宣子   講談社α文庫
  社会復帰の前に買った。同じような内容の本を2冊買っているところに、戦々恐々ぶりを読み取ってほしい。いざ社会に戻ってみたら、この本に載っているようなマナーを通している人なんて誰もいなくて、拍子抜けした。
70 はじめよう!気持ちのいい暮らし 河野 真希 監修   PHP
一人暮らしをするにあたって買った。だが、実際の生活はこんな上澄みみたいに綺麗なことばかりじゃないぜ。少なくとも、開けてた窓から飛び込んできたすごくでかい蛾の退治方法とかは書いていない。イラストが可愛い。
71 小学校6年間の算数が6時間でわかる本 間地 秀三   PHP研究社
こんなに算数ができなさすぎると将来が不安だから、少なくとも小学校の算数はできるようになりたいと思って購入。本当にわかりやすくて、なんとイモコでも比の計算ができるようになった。小学生の親にお勧め。
72 即戦力になるためのパソコンスキルアップ講座 土台をつくる基礎知識と効率アップの仕事術 唯野 司   技術評論社
内容はOSの扱い方とか、ファイルの保存・検索方法とかの基礎中の基礎だが、単にPCを使うということと、職場のPCを使うということは違うので、その辺の認識を改めるのに役に立つ。
73 20年度版 最新最強の一般常識クリア問題集     成美堂出版
ひととおり勉強してみた結果は→の記事に。 一般常識というわりには多少内容がマニアックなような気がしないでもないが、 数学と英語の章は勉強しがいがあるかもしれない。
74 ☆BASIC MAGIC FASION BOOK     To Do Books
おしゃれにならなくてもいいから、せめて普通っぽく見えたいと思って買ったが、センスのない奴が何の工夫もなくシンプル服を着るとどうしようもなくダサく見えることに気づいて落ち込んでいる。
75 今がわかる時代がわかる 世界地図'19年度版     成美堂出版
76 今がわかる時代がわかる 日本地図'18年度版     成美堂出版
  地図はぼーっと見てるだけで面白いものの一つ。時事ネタが付録でたくさん載ってて非常に面白いシリーズなのだが、欲を言えば、地図上にもうちょっと詳しい地理情報とかが載ってると嬉しい。
77 小学校高学年 自由自在 算数     受験出版社
算数の特訓のために買ったが、71と比べると段違いに難しい。自分がいかに早い段階で数字に躓いていたのかを知り愕然とするための一冊だった。全国の小学生のみなさん、算数は絶対にできた方がいいぞ!
雑誌
No 書名 著者 訳者 出版社
78 BRUTUS 884号 危険な読書     マガジンハウス
BRUTUSの読書特集は毎年買っている。けっこう古い本も載っているので、イモコのような図書館ヘビーユーザーも重宝する。 この特集号は、理系の本特集がよかった。
79 ☆CASA BRUTUS EXTRA ISSUE 日本の美術館 ベスト100ガイド     マガジンハウス
全部行こうと思っていたのだが、ちんたらしているうちにいくつか閉館してしまった。何事もやろうと思ったらのんびり構えていたらだめだなと反省。
80 LDK the Beauty メイク the Best 安良コスメと手間なしテクの最強メイク術     晋遊社
ヒカゲチョウのように地味なイモコではあるが、意外に化粧好きである。ただ、高い化粧品は嫌いなので、ドラックストアで普通に変える化粧品情報を仕入れるために、LDK the Beautyは常にチェックしている。
81 ※Pen 544号 日本美術をめぐる旅     阪急コミュニケーションズ
似たような特集のBRUTUSとPenを見比べるのって楽しいよね。それはおいといて、この特集号は、実は非常に優秀なトラベルガイドなのだ。三重から行きやすいところも多いよ。※非売品
82 あなたは今、何を学ぶべきか?賢者の勉強法 経済・歴史・哲学・医学・心理学・テクノロジー     プレジデント社
人が本を読む理由は様々だと思うが、私の根底にはものすごく強烈な知性コンプレックスみたいなものがあって、それをなんとかしたいがために本を読んでいるのかもしれない。
83 ※本と津に出会うためのブックガイド ホンツヅキ     Kalas Books
津のいい店と、地元の人々が推薦するブックガイド、本屋情報がこんな薄い一冊につまっている、三重の本読み必携のムック。 ※非売品

4参考記事→https://aima-imoko.hatenablog.com/entry/2018/12/14/221901

17参考記事→https://aima-imoko.hatenablog.com/entry/2019/02/21/221547

73参考記事→https://aima-imoko.hatenablog.com/entry/2019/02/02/125051

お気に召す一冊はありましたか?

イモコの曖昧模糊たる解説では魅力が伝えきれないのですが、私から買わなくても、ぜひお近くの本屋などで手に取ってほしい良書ばかりです。

多分いないでしょうが、興味を持ってくださる方がいれば、とてもうれしいです。

 

本が売れたら、私もその分だけ新しい本を迎えたいですね。

それでは片付けにならないような気もしますが、本読みの性ですので、見逃してください。

最後に、本棚の写真を。

f:id:aima_imoko:20190323112518j:plain

f:id:aima_imoko:20190323112602j:plain

f:id:aima_imoko:20190323112648j:plain

 

東京アートまみれ

こんにちは、アイマ イモコです。

年度末の3月も半ばを過ぎましたが、みなさん、忙しくしていますか?

いつもは暇を持て余しているイモコも、この時期ばかりは比較的やることがたくさんあって大変です。

普段の仕事に加え、引継ぎの資料作成も、研修も、確定申告もしなくてはいけないので、毎日パソコンとにらめっこしています。来る日も来る日も白地の画面に黒い文字をひたすら打ち込み続ける日々。日夜白黒のチカチカ文字を見続けているイモコの心には、ある抑えがたい渇望が生まれつつあった。

 

色が見たい。

 

熟したリンゴのような深い赤色が見たい。南国の海のような澄んだ青色が見たい。春いっせいに咲き誇る桜のような華やかなピンク色が見たい。

このまま白と黒のデジタルの波に流されていては、私はモダンタイムスのチャーリーのように、パソコンに全身を挟まれてくたばってしまう…!

 

というわけで、201939日、色彩と人間の手仕事を求めてイモコがはるばる訪れたのは

 

f:id:aima_imoko:20190318100716j:plain

アートフェア東京2019

 

アートフェア東京とは、毎年東京国際フォーラムにて開催されている、日本最大級のアートフェア(美術品の展示販売を行うイベント)です。

今年のアートフェア東京のテーマは、”Art Life”。真剣にアートと対峙するということは、すなわち自分自身の思想や生き方を見つめなおすということ。価値観が錯綜する現代社会において、多種多様な他者の表現に触れることで自分の感性を磨き、対話することで自己を見つめなおすきっかけになればいい。そんな思いがこめられているようです。

参考URL

https://artfairtokyo.com

 

実は2012年頃から、がん闘病中の2年間を除いて、毎年訪れているこのイベント。今回2年ぶりに参戦ということで、東京国際フォーラムエスカレーターを下っている時点で既に胸がときめきます。

11時の開場とほぼ同時に訪れたのですが、既に会場内には相当数のお客さんの姿が。東京におけるアートの認知度の高さがうかがえますね。

 

エスカレーターを降り切ったロビーでまず目にしたのは、いくつものブースに区切られたスペース。本会場はさらに下の階の展示場なのですが、こちらのスペースにもかなりのボリュームの作品がありそうです。しかも、なんと無料っぽい。贅沢過ぎるやろ!

こちらで展示されているのは、Future Artists Tokyo, World Art Tokyo, Projects/Crossing Sectionという3つの企画展示です。

Future Artists Tokyoは、日本でアートを学ぶ学生さんたちが、作品制作、テーマ設定、展示、運営まですべてを自分たちの手で行う、若いパワーの溢れるプロジェクト。アートが人の目に触れるまでの全工程を自力で行うことにより、次世代のアーティストやキュレーターとしての実力を養う目的があるそうです。

World Art Tokyoは、その名の通り、世界中の新鋭アーティストの作品が集中した、超豪華な国際展。なんと、31か国もの国々の駐日大使が推薦した作家の作品が一挙に展示されているということで、世界の○○みたいなものが大好きなイモコにとっては、まさに垂涎の企画です。

そして、Projects/Crossing Sectionは、キュレートする団体に主眼を置いた新企画です。Projectsは、これからの日本で注目すべきギャラリーが、一押しのアーティストを個展形式で紹介します。6㎡という小さなスペースの中で、いかに作家の魅力を最大限に引き出せるか。ギャラリーのキュレーション力が問われる迫真勝負です。

Crossingは、百貨店による展示を集めています(よく、百貨店に画廊とか、美術販売とかありますよね)。百貨店の画廊といえば、掛け軸や陶芸等の伝統美術を思い浮かべられるかも知れませんが、実は現代アーティストの作品の展示販売にも力を入れているところが多いようですよ。ギャラリーとはまた違った視点での展示が見られそうです。

 

正直この無料スペースだけで十分お腹いっぱいになれそうな充実っぷりですが、本日イモコは4000円の前売りチケットを持ってきているのだ。これを無駄にするわけにはいかない。 無料スペースで脳が飽和状態になる前に、本展へ…と思ったのですが、やはりブースから見える魅力的な作品群に惹きつけられ、ふらふらとブース群の方へ。

どんな作品が出展されているかを軽くチェックしておく程度のつもりだったのですが、いきなりとてつもないパワーを持った作品に出会います。

f:id:aima_imoko:20190318100800j:plain

まるで生命を燃やしているかのような力強さを内に秘めた、動物の彫刻群。

f:id:aima_imoko:20190318100839j:plain

みみずくがじっと自分を見つめているように感じます。圧倒されて、しばらくその場に立ち尽くしてしまいました。作品のプレートを見ると、作者は瀬戸優さんという方。大半の作品に「水源」というタイトルがつけられています。どんな意味が込められているのだろう。気になる…。

すると、ひとりの青年がブースにやってきました。さっきまでブースを管理していた人と挨拶をしています。その人が、青年に「せと君、…」と話しかけました。えっ、ではこの方が作家の瀬戸優さん…!

アートフェアの楽しいところは、気になる作品の作家と直接会えて話ができるところです。ここは、勇気を出して話しかけ、彫刻群のタイトルの由来を聞いてみるしかありません。

しかも瀬戸さん、かなりのイケメンである。

いきなり話しかけてきたイモ女にちょっとびっくりされた様子の瀬戸さんでしたが、丁寧に作品について説明してくださいました。

「水源」というタイトルには、動物たちの内側から水源のように湧き出してくるエネルギーと、彫刻に彩色を重ねた時の色の現れ方、また、その色が雨等の水の力によって変化していく姿にインスピレーションを受けてつけられたのだということです。

緊張してしまって、支離滅裂な感想しか言えなかったことと、写真が下手すぎてあまり魅力が伝わらないことが残念ですが、「水源」という言葉に込められた想い通りの、力強い作品を拝見できて、胸いっぱいでした。

画家・彫刻家の瀬戸優さんのtumblrはこちら。→

Yu Seto

 

幸先のいいスタートにウキウキしながら、いざメインフロアに突入しますよ!(もちろん、無料スペースの他の展示も堪能したので、後で掲載する下手な写真でお楽しみください)

 

f:id:aima_imoko:20190318100941j:plain

入り口で迎えてくれたのは、縄文土器がカッコよくプリントされた大きなパネルです。

個人的にアートフェア東京の最大の魅力だと思うところは、なんといっても出品作品の幅広さ。今回も、最新の現代アートはもちろんのこと、日本や中国・朝鮮の陶磁器等の所謂古美術、東西の大家の名作絵画、なんと古代オリエンタル美術まで、ありとあらゆるジャンルの良品が勢ぞろいしているのです。よく言えば幅広い興味を持っている、はっきり言えば無節操なイモコのような客にとっては、非常に見応えのあるイベントなのです。

このパネルを掲げていたブースでも、印象的な木彫りの仏頭や縄文土器と、現代作家による作品とのコラボ展示が見られて、印象的でした。

 

あちこち目移りしながら、広い会場を歩き回っていると、またインパクトのある彫刻作品に出会いました。

f:id:aima_imoko:20190318101024j:plain

凛とした姿の猫さん。猫の自然な姿態を表現しつつも、エジプト彫刻の猫のような気品に満ちています。猫好きの私は思わず足を止めてしまいました。

ギャラリストの方のお話によると、この猫さん、一木造によって作られているそうです。しかも、背中の丸みのある部分に年輪の中心がくるように、ちゃんと計算してつくられているとのこと。作家さんの技術と細かい配慮に舌を巻く思いです。

f:id:aima_imoko:20190318101104j:plain

この猫さんを作られたのは、三宅一樹さんという作家さん。展覧会タイトルは、「聖猫」というものでした。まさに展示にぴったり当てはまるタイトルです。 

うっかり撮影するのを忘れたのですが、岐阜県の神社の御神木の一片から、木の形を生かしたまま彫られた猫の彫刻も、非常に心揺さぶられるものでした。木という素材に宿った生命力を表すのに、猫という、生の本能と神秘性を併せ持った題材は、相性の良いものだと感じました。

作家の三宅さん自身、何匹もの猫と一緒に暮らしているそうです。いつも身近に猫を観察しているからこそ、猫が見せる多面的な表情の中から、その魅力をもっとも発揮する一瞬の姿をとらえることができるのでしょうね。

f:id:aima_imoko:20190318101146j:plain

本展示を企画された、東京都日本橋にあるギャラリーこちゅうきょさんでは、三宅さんの猫作品に加え、木彫りの神像等を展示した聖猫―Holy Cat” 三宅一樹 木彫刻展を、2019318日㈪~330日㈯開催中だそうです。残り会期は短いですが、東京にお住いのアート好き、猫好きのみなさんには、ぜひ足を運んでみてほしいです。

ギャラリーこちゅうきょさんのホームページはこちら→

壺中居 ギャラリーこちゅうきょ

 

普段はどちらかというと、西洋絵画や洋楽など海外のものを好む性質のある私ですが、この日惹きつけられたのは、ぐっと和の雰囲気のスペースです。

展示されていたのは、数点の書と、焼き物の取り合わせ。そのすべてから、ほとばしるような力強さが感じられます。なんというか、作家が全身全霊で作品に向かい合っている気迫が作品を通してこちらがわにダイレクトに伝わってくる感じがするというか。

展示されていたのは、辻村史郎さんという方の書と陶器、故井上有一さんの書、そして、元総理大臣・細川護熙さんの書です。主催は、株式会社かみ屋さん。

見るのに夢中で写真撮影を忘れていたので、パンフレットの写真で失礼します。

f:id:aima_imoko:20190318101245j:plain

まずは辻村さんの作品について。全面に墨の力が漲っている書と対照的に、陶器はころんと丸い形が優しく可愛らしい。ギャラリストさんが、手に取ってもいいと勧めてくれたので、おそるおそる持ち上げてみたところ、手に吸い付くような、柔らかい土の感触がしました。ギャラリーで実際に花瓶として使用してみたところ、花がちゃんと呼吸できるようなつくりになっているため、普通のガラスの花瓶等に比べて、花が長持ちするとのこと。土の生命力が、花にも伝わるのかも知れませんね。

続いて井上有一さんの書です。井上さんはかなり高名な書家なので、ご存知の方もいるかも知れません。井上さんの書は、力強い中にも、自由でのびやかな精神が息づいています。禅味とでもいうのでしょうか。今回展示されていた中でも気になったのが、宮沢賢治の童話の一節をコンテペンシルにより書き表したもの。

f:id:aima_imoko:20190318101338j:plain

活字印刷で読んだ時とはまた違った息遣いを持って、賢治の言葉があたたかい肉体をまとって目の前に現れたようで、胸を打ちます。ギャラリストさんのお話によると、井上さんは生涯宮沢賢治に心酔しており、亡くなった時唯一の宝が入っているという箱を家族が開けた時に、中に入っていたのは賢治の生原稿だったそうです。賢治の言葉に心の底からシンパシーを感じ、その言葉を自分の血肉にしていたからこそ、彼の表現に新しい命を与えることができたのではないでしょうか。

f:id:aima_imoko:20190318101436j:plain

細川護熙元総理が芸術家としての顔を持っているということは知っていたのですが、実際の作品を生で見たことはあまりありませんでした。今回彼の書を目にしたとき感じたのは、真面目さと表裏一体となった飄逸さです。硬派な印象とユーモアが共存する作品を見ると、政治家であり、芸術家であるという彼の両面的な生き方な意味が少しわかるような気がします。そういえば、細川さんはちょっと前に、小泉元総理と一緒に、脱原発運動を積極的に行っていましたね。あの活動についての賛否はともかく、アーティストとしてのヒューマニズムが、政治家としての彼を支えた面もあったのかも知れません。

とても作品を買いそうもない貧乏くさいイモ女に、すごく親切に応対してくれて、面白いお話をたくさんしてくださった優しいかみ屋さんのHPはこちら→

Kami Ya Co.,Ltd.

今度東京に行った際には、ぜひ訪問したいと思っています。

 

その他魅力的な作品・ブースたくさんありましたが、全て紹介しようと思うと、ドン・キホーテ並みの長編になってしまいそうなので、以下イモコの気になった作品を、写真によって紹介します! 

 

f:id:aima_imoko:20190318101512j:plain

花に覆われたミサイル。中には、花の種が込められています。

 

f:id:aima_imoko:20190318101554j:plain

蓮っ葉な犬の姐さん。

 

f:id:aima_imoko:20190318101637j:plain

知り合いに似た顔があるかも?

 

f:id:aima_imoko:20190318101709j:plain

ハシビロコウに見つめられる。

 

f:id:aima_imoko:20190318101747j:plain

ブローチなどのオリジナルアクセサリーの展示もありました。

 

f:id:aima_imoko:20190318101826j:plain

人気の野口哲哉さんの武者シリーズ。侍だってやる気ない時もあるよねぇ。

f:id:aima_imoko:20190318101900j:plain

 

月に吠えてます。

 

f:id:aima_imoko:20190318102014j:plain

「イモコに似てるね」と言われました。私はこんなに美しくありません。

 

f:id:aima_imoko:20190318102050j:plain

ジャマイカの作家さんのステンドグラス作品。南米の海はこんな色なのかな。

 

f:id:aima_imoko:20190318102126j:plain

イスラエルの作家さんのインスタレーション。意味深です。

 

全体的な感想としては、

・動物をモチーフにした作品が多かった。特に、彫刻作品は真に迫った表現の作品が多く、動物という題材と、木や土という素材そのもの両方に内在する生命力が感じられた。

 

・東アジア(中国や韓国)の作家に勢いがあると感じた。抽象画において独特の表現をしている作家が多いように思う。

 

・現代美人画というのか、女性の絵は毎回多く見かけるが、何故か自分が魅力を感じるものはそれほど多くない。絵そのものは素晴らしいものが多いので、私の好みの問題だろう。しかし、古くから現在の漫画まで、女性の姿というものが絵画の最大のテーマであるということの意味は、一度考えてみる必要があるかも知れない。

 

と、後半駆け足でしたが、アートフェア東京の魅力の一部でも伝えられたなら嬉しいです。2019年のイベントは終了してしまいましたが、これからも恐らく年に一度開催されると思うので、芸術ファンのみなさんには、ぜひ一度この圧倒的なアートの洪水を身に浴びてみてほしいですね。一日で脳のチャンネルがぐぐぐっと増えること間違いなしです。

イモコも一日アート漬けになることができて、すっかり満足でした。

そうは言いながら翌日も国立西洋美術館のル・コルビジュエ展に行きましたけどね!  アートの道に終わりはないということで…

f:id:aima_imoko:20190318102203j:plain